全国トヨタサービス技術コンクール COMPETITION

全国トヨタ
サービス技術
コンクール

日本中からトヨタの販売店のエンジニアが集まり、磨いた技術を競い合う大会。それが全国トヨタサービス技術コンクール。さらなる技術の向上を目指し、そして技術のみならずお客様の気持ちに立って対応できる「エンジニアの目指す姿」の実現に向けて、昭和42年から開催されています。同様のコンクールは世界規模で行われており、優勝者は、各国のチャンピオンが集まる「世界カスタマーサービススキルコンテスト優勝者表彰会」にも参加します。このコンクールで表彰されることは、いわば世界に通用するエンジニアであるということの証明。まさにエンジニアにとっては、日々研鑽してきた技術を試す大舞台。福岡トヨタからも毎回、選抜メンバーが出場しており、現在まで受賞実績は多数!この技術力は、世界に誇れるレベルです。

全国トヨタサービス技術コンクールとは

サービス技術競技・ボデー競技・ペイント競技の3部門があり、それぞれの地区予選を勝ち抜いた精鋭たちが、全国大会へと出場します。サービス技術競技は点検や問診・故障診断・修理作業・作業結果のご説明など。ボデー競技はパネル交換・溶接・パネル修正・パテ整形など。そしてペイント競技は塗装品質・ぼかしの技術・微妙な塗料の調合など、各部門の課題を、制限時間内にクリアします。審査員による採点で順位を競い、優勝・準優勝・3位入賞のほか、成績に応じて優秀賞や敢闘賞も授与。

MESSAGE

世界に誇れるエンジニアの育成を目指し、
多数の入賞者を輩出している福岡トヨタ。
大会中に感じたことや、出場する前と優勝した後の変化など…
2017年度の優勝者のロング・インタビュー。

芳川 倫 OSAMU YOSHIKAWA

東那珂ボデーリペアセンター

4年前は、応援する側だった。
やっとたどり着いた、憧れの舞台。

技術コンクールに出ようと決めたのは、先輩の応援で、全国大会を見に行った時です。会社の代表として、全国のエンジニアと腕を競う、その自信に満ちた顔に憧れて、次は自分がこの舞台に立つんだと心に決めました。しかし板金の仕事は奥が深く、やればやるほど自分の課題が見えてきます。4年後の大会出場を目指し、これまで以上に熱心に仕事に取り組むものの、勉強することの連続で、こんな自分が会社の代表として出場するなんて、まだ早いんじゃないか…もっと腕を磨いてからの方がいいんじゃないか…大会選手に立候補するまでに、かなり葛藤がありました。
もともと車が好きで、工業高校の自動車科を卒業後、すぐに飛び込んだのが、この会社。1日でも早く実践を積んで一人前になりたいと、進学より福岡トヨタへの入社を決意したんです。そして入社後、どんな車体もピカピカに仕上げるボデーリペアの専門拠点、「東那珂ボデーリペアセンター」の存在を知り、自分から異動を願い出ました。大会出場へと奮い立たせてくれたのは、そんな自分の板金工としてのプライドです。私は同級生たちより一足早く現場に出て経験を積み、自ら板金のスペシャリストへの道を選び、一筋に学んできました。その成果を、確かめてみたいと思ったのです。

会社の看板を背負うということ。
その責任が、自分の糧に。

実はボデー競技部門は過去2大会連続で、当社が優勝しています。つまり私が出場したのは、会社にとって3大会連続優勝がかかった防衛戦。当然プレッシャーはありましたが、乗り越えられたのは、先輩や上司の応援のおかげです。前回のチャンピオンである先輩が、ずっと練習に付き合ってくれましたし、大会前の数か月間は、より細かい指導を受けるため、彼がいる八幡ボデーリペアセンターまで通わせてもらいました。おかげで地区予選は1位で通過!全国大会へ向けて大きな弾みがつきました。そして迎えた全国大会では、想像以上に会社のみんなからの応援が熱く、上司や役員の方々まで固唾を飲んで見守ってくれて…非常にありがたかったのですが、同時に緊張してしまい、いつもよりパネル修正や交換に時間がかかってしまいました。それでも、慎重に作業を進めたのがよかったのか、結果は優勝!名前を呼ばれた時は、嬉しいというより、先輩たちが築いてきた記録をつなげることができて、ホッとしたのを、よく覚えています。
大変なこともありましたが、今は大会に出て本当によかったと思っています。一度全国大会に出場したエンジニアは、次回以降の大会にはエントリーできないので、このコンクールは一生に一度のチャンス。会社の代表として出場するという責任感は、自分を大きく成長させてくれます。次回は4連続優勝がかかった大会になるので、私の時以上に大きなプレッシャーがあるかもしれませんが、結果より、このプロセス自体が貴重な経験となるはず!ぜひ多くの人に挑戦してほしいと思っています。

芳川 倫 OSAMU YOSHIKAWA

東那珂ボデーリペアセンター

百田勇介 YUSUKE MOMOTA

サービス部サービス技術課

優勝への想いと努力が
4年間のハンディを超えた。

福岡トヨタに入社したのは24歳の時。実は一度、大学に入学したのですが、就職活動で改めて自分を見つめ直しまして…。車が好きで、整備の仕事がしたくて、卒業後に専門学校に入りなおしたんです。だから同期の中でも自分は年上。遠回りをした自覚はあったので、入社後は遅れを取り戻そうと必死でした。例えばトヨタ検定の試験も、ただ合格するだけじゃなく、誰よりも高得点を獲得すると決めて実行。努力だけは、人一倍してきたと思います。
そんな私にとって、コンクール出場はむしろ必然。コンクールで優勝するくらいにならないと、4年間のハンディは埋まらない。そう思って、自分を追い込んでいました。大会前は、前回の優勝者である先輩にアドバイスをもらいながら、練習を積み重ねていきました。おかげさまで、地区大会は1位で通過し、全国大会でも念願の優勝!やっと同級生の先輩に追いついた、自分が選んだ道は正しかったのだと、大きな自信になりました。
また、優勝という経験だけでなく、そこに向かって努力した過程も、自分の誇りです。福岡トヨタに入社後、結婚したのですが、生まれたばかりの子どもを抱っこしながら勉強したのも、今となってはいい思い出です。優勝を目指してがむしゃらに勉強した結果、なんと大会前に、最高難易度の社内検定であるトップクルーの資格も取ることができました。さらに全国大会後は、主任に昇格。思えばコンクールの前後は、入社以来がんばってきた成果が大きく花開いた時期だったと思います。

資格取得に昇格、そして海外赴任…
駆け抜けてきた10年間。

コンクール後は、トヨタ本社への出向メンバーに選ばれ、海外赴任の夢も果たせました。全国一位の技術が、世界でどこまで通用するのか試したくて、自分から志願したのですが、希望をかなえてくれた会社には、本当に感謝しています。
出向先はバーレーンで、中近東や西アジアのトヨタ販売店への技術支援が、主な仕事でした。販売店のサポート窓口として、周辺諸国のエンジニアからの問合せに対応したり、整備の方法を指導したりします。各国の販売店の技術力を高め、最終的にはトヨタのサポートがなくても、現地で整備を完了できるようにすることが最終目標。また、メーカーの人間として現地で起きている不具合などの現状をトヨタに報告し、車種の改善に貢献する役割もありました。バーレーンでは会話はすべて英語です。トヨタで英語研修もありましたが、最初はやはり苦労しました。またイスラム教圏なので、文化や生活スタイルも異なります。職場の4割が外国人という環境で、福岡トヨタからのメンバーは私で5人目。貴重な経験をさせてもらい、人としても大きく成長できました。
今は2年ぶりに福岡に戻り、店舗で様々な車に触れています。昭和30年代のクラウンから最新のプリウスまで、車種は様々。ここまで幅広い車が集まるのも、福岡トヨタの技術力が業界内で高く評価されているからこそ!現場でも、まだまだ勉強することは多いです。思えば入社以来、上を目指してひたすら走り続けてきた10年間。今後の10年は、それを後輩に伝え、育てることで、会社に恩返しをする番だと思っています。今は後輩の育成も積極的に行っていて、次回のコンクール出場者は私がメインで教育を担当します。責任もありますが、指導者という立場で関わる、次のコンクールも楽しみです。

百田勇介 YUSUKE MOMOTA

サービス部サービス技術課